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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10115号 判決 1967年7月28日

原告 日本光学労働組合

被告 谷口光衛 外一八三名

主文

原告の請求をすべて棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「各被告は原告に対し別紙請求債権目録各被告名下記載の金員を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二原告主張の請求原因

原告訴訟代理人は、請求原因として次のように述べた。

一  各被告は、別紙一覧表組合加入日欄に記載のある者については記載の日に、同欄に記載のない者についてはいずれも昭和二一年二月一九日に原告組合に加入した。

二  原告組合の組合員は、昭和二六年三月二三日施行の原告組合規約二六条にもとづき「加入の日より所定の組合費を納入しなければなら」ず、右組合費は、同規約一二一条により「各人の収入を勘案し代議員会の議決を経て総会の承認を得た基準によつて決定する」ことと定められ、昭和三九年度(同年四月一日から同四〇年三月三一日まで)の決定基準は所定の手続を経て同三九年四月一六日に開かれた原告組合の第一九回定期総会において一か月につき同年二月分の理論月収(一か月時間外労働も欠勤もせずに労働した場合に得らるべき手取月収額)の一〇〇分の一(但し一〇円未満四捨五入)に四五〇円を加算したものと承認決定された。右四五〇円のうち四〇〇円は闘争の際における組合員の生活資金の補てんを目的とし別途積立てられるものであるため特別積立金と呼ばれている。

原告組合員は、当時から前月二一日以降当月二〇日までの組合費を毎月二一日原告組合に支払うべき定めである。

三  各被告の昭和三九年度理論月収はいずれも別紙一覧表理論月収欄記載のとおりであるから、各被告は、同年度中原告に対し毎月別紙一覧表組合費欄記載の組合費を原告組合に支払うべきところ、昭和四〇年一月二一日以降同年二月二〇日まで同年二月分の組合費を原告組合に支払わない。

四  よつて、原告は、各被告に対し別紙請求債権目録各被告名下記載の昭和四〇年二月分組合費の支払を求めるため本訴に及んだ。

第三被告らの答弁及び抗弁

被告ら訴訟代理人は、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一  答弁

1  請求原因一の事実は認める。

2  請求原因二の事実のうち、原告主張の組合規約にその主張どおりの規定があること、昭和三九年度の組合費の決定基準が昭和三九年四月一六日に開かれた原告組合の第一九回定期総会において決定されたこと、理論月収が一か月時間外労働も欠勤もせずに労働した場合に得らるべき賃金を意味すること、組合費(但し特別積立金を含まない)の計算期間が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

右総会において決定された組合費決定基準は、理論月収の一〇〇分の一に金五〇円を加算したもので、組合費は当時から毎月二五日(同日が日曜日のときは二四日)に支払うべき定めであつた。特別積立金は闘争の際における組合員の生活資金を補てんする目的をもつて(特別積立金規定一条)運用さるべきもの(同規定五条)でたまたま前記総会において各組合員月額金四〇〇円の積立が決定されたが組合の経費等にあてられる組合費とはその性質を異にする。

3  請求原因三の事実のうち各被告の理論月収額は不知、その余は争う。

二  抗弁

各被告は、別紙一覧表脱退届提出日欄記載の日原告組合に脱退届を提出して脱退の意思表示をした。

従つて、昭和四〇年一月二九日脱退の意思を表示した被告らは同月三〇日以降、その余の被告らは同月二〇日までに脱退の意思を表示しているから同月二一日以降、いずれも原告組合の組合員ではなく、前月二一日以降当月二〇日までの間に組合員資格を失つた者の組合費並びに特別積立金の取扱いについては、当月二五日(二五日が日曜日のときは二四日)の賃金支払日に賃金からチエツク・オフする際前月二一日から当月五日までの間組合員であるもの並びに半月以上欠勤しなかつた者からのみ組合費並びに特別積立金を徴収し、それ以外の者から徴収しなかつたのが従来の慣行であるから、各被告は昭和四〇年一月二一日以降同年二月二〇日までの組合費、特別積立金の支払義務を負わない。

なるほど、原告組合規約一二条六号には組合員資格喪失の一事由として「代議員会並に総会で脱退を認めたとき」と規定しているが、組合員の資格喪失要件として「脱退」と「代議員会並びに総会での承認」の二要件を定めたものと解すべきであるとすれば、同条各号に規定するように他の資格喪失事由の場合は即時原告組合員の資格を喪失するに拘らず、資格喪失事由の典型的な事由である脱退の場合の資格喪失事由が存在しない結果となり当事者の意思に反するから、当事者の意思に合致するように脱退を資格喪失原因として規定したものと解すべきである。そうでないとすれば後者の要件は脱退の自由の不当な制限であつて憲法二八条に違反し無効であるから、脱退の意思表示が到達すれば組合員資格が失われるのである。

第四被告らの抗弁に対する原告の答弁、反対主張及び再抗弁

原告訴訟代理人は、被告らの抗弁に対する答弁、反対主張及び再抗弁として、次のとおり述べた。

一  被告らの抗弁に対する原告の答弁ならびに反対主張

被告らがその主張の日原告組合に対し脱退届を提出して脱退の意思表示をしたことは認める。

しかし、原告組合の前記組合規約には、「代議員会並びに総会で脱退を認めたとき」(一二条六号)に組合員が組合員資格を失うものと定められているから、各被告が原告に対して単に脱退の意思表示をしただけで組合員資格を失うとはいえない。被告主張のような結果は当事者の意思に反するものではないから、原告組合規約一二条を被告主張のように解することはできず、同条六号は脱退の自由を不当に制限するものではなく違憲のかどはない。

被告主張の如き慣行の存在してきたことは否認する。従来の慣行は第四の二2に後記するとおりである。

二  原告の再抗弁

1  被告らは、原告組合が訴外日本光学株式会社との間に結んでいた労働協約が昭和四〇年一月一一日失効した後協約改訂をめぐつて右訴外会社と鋭く対立し最も団結を必要とする時期に原告組合の闘争を敗北せしめる目的のみをもつて脱退したものであるから各被告の脱退の意思表示は権利の濫用であつて無効である。

2  組合費は、前月二一日から当月二〇日までの間に組合員資格を失つても前月二一日に組合員であつた者については当月二五日の賃金支給日に一カ月分の組合費全額をチエツク・オフされるのが従来の慣行であつたから、被告らのうち昭和四〇年一月二九日に脱退届を提出した者は昭和四〇年二月分の組合費全額を支払うべきである。

第五原告の再抗弁に対する被告らの答弁

被告ら訴訟代理人は、原告の再抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

一  再抗弁1の原告主張事実中原告組合が訴外会社との間に結んでいた労働協約が原告主張の日失効し協約改訂をめぐり原告組合が訴外会社と対立していたことは認めるが、その余は否認する。被告らは泥沼争議の早期終結を要望する被告らの声に耳をかさず闘争至上主義に終始する原告組合によつては労働条件の低下をも招きかねないと思料し、やむなく原告組合を脱退してニコン労働組合を結成し、これに加入したものである。

二  再抗弁2の原告主張事実中その主張のような慣行が存在したことを否認する。前月二一日以降当月二〇日までの間に組合員資格を失つた者の組合費並びに特別積立金の取扱いについて従来の慣行は第三の二に前記したとおりである。

第六証拠<省略>

理由

一  労働組合員としての地位の発生

各被告が別紙一覧表組合加入日欄に記載のある者については記載の日に、同欄に記載のない者についてはいずれも昭和二一年二月一九日に原告組合に加入したことは当事者間に争いがなく、これを成立に争いのない甲第一号証(組合規約)、証人柳沢吉章、阿久津正雄の各証言と総合すれば、原告組合は、昭和二一年二月一九日結成され、日本光学株式会社並びに同社と関係の深い会社と雇傭関係にある者をもつて構成され、事務所を東京都品川区西大井一丁目六番三号に置き、全日本光学工業労働組合及び品川地区労働組合協議会に加盟しているが上部労働団体には加入していない法人格のある労働組合であることが認められるから、各被告についてはそれぞれ前記の日に原告組合の労働組合員としての地位が発生したものといわなければならない。

二  脱退とその効力

各被告が別紙一覧表脱退届提出日欄記載の日原告組合に脱退届を提出して脱退の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

1  原告は、先ず、昭和二六年三月二六日施行の原告組合規約一二条六号には、「代議員会並びに総会で脱退を認めたとき」に組合員が組合員資格(組合員としての地位、以下同じ)を失うものと定められているから、各被告が原告に対して脱退の意思表示をしただけで組合員資格を失うとはいえないと抗争する。そして、原告組合規約一二条六号には組合員資格喪失の一事由として「代議員会並に総会で脱退を認めたとき」と規定していることは被告らの認めるところであり、前顕甲第一号証、証人柳沢吉章の証言によれば、原告組合が同条号をその自治規範としている趣旨は、組合員の意思表示だけで組合員の地位が一方的に消滅しては団結体が維持できなくなるおそれがあるから、団結を回復する方向に決議機関として努力しなければならず、組合員に制裁を科すべき行為があつた場合でも、確定した制裁の執行(殊に、組合規約一一二条によれば、制裁が除名であるときは、原則として毎年一回四月に開かれる定期総会の決議を経た後執行すべき定めとなつている)までに被制裁者が脱退届を提出することにより制裁を免れるようでは労働組合の統制を完うすることができないからであるという事実を窺うことができる。そうとすれば、組合規約の右条号は労働組合の組合員の脱退の権利を実質的に制約するものであり、本来、自由な団結を結合の契機とする労働組合を決議機関の多数者の支持を得られぬ限り離脱することができないものとすることにより少数者の自由を拘束するものであるから、労使関係を前提とする労働組合内の公序に反し国家法上無効であるというべきである。ところで、労働組合員が脱退の意思表示によつて労働組合員としての地位から離脱することのできることは、組合規約に規定がなくても現行労働組合制度が任意組合主義を基盤とする以上、もとより当然である。してみれば組合規約一二条六号が有効であることを前提として代議員会並びに総会で認めない限り組合員の地位から離脱することができないという原告の主張は遂に被告らの脱退の意思表示の効力発生を阻止し得ないといわなければならない。

2  次に、原告が「被告らは原告組合が失効した労働協約改訂をめぐつて訴外日本光学株式会社(以下単に会社と略称する)と鋭く対立し最も団結を必要とする時期に原告組合の闘争を敗北せしめる目的のみをもつて脱退したものであるから各被告の脱退の意思表示は権利の濫用であつて無効である。」と主張するのに対し被告らは、「被告らは泥沼争議の早期終結を要請する被告らの声に耳をかさず闘争至上主義に終始する原告組合によつては労働条件の低下をも招きかねないと思料し、やむなく原告組合を脱退してニコン労働組合を結成、これに加入したものであるから、脱退の権利を濫用したものではない。」と抗争するから、この点について検討する。原告組合が会社との間に結んでいた労働協約が昭和四〇年一月一一日失効し協約改訂をめぐり原告組合が会社と対立していたことは当事者間に争いがない。そして、前顕甲第一号証、成立に争いのない甲第三号証の一〇、第四号証、第六号証の一ないし一六、第七号証の一九、二二、第八号証、第九号証の一、二、第一二号証、第二一号証、乙第一号証、第三、八、九号証、第一七号証(但し乙第一七号証のみはその一部)、証人柳沢吉章の証言及びこれによつて成立を認める甲第五号証の一、二、三、七ないし一〇、原告代表者小野均の供述の一部及びこれによつて成立を認める甲第五号証の五、六、原本の存在及び成立に争いがない乙第一二号証、被告阿久津正雄本人の供述の一部及びこれによつて成立を認める乙第二号証、証人渡辺一義、被告松本清士、宇都宮辰生、中川茂各本人の供述ならびに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)原告組合と会社との間に締結され、昭和三四年一〇月一日効力を発生した労働協約には労使関係のほとんど全般について詳細な規定をふくみ、ことに賃率については職種、等級からその組合員の賃金額を協約上具体的に算出できるほどの内容を含み、協約の有効期間は一か年となつていて、一年ごとにあらためて約定されていたが、もし、有効期間内に約定がととのわない場合には、有効期間が三か月間延長される定めになつていた。(二)原告組合は、昭和三九年三月三一日当時会社従業員のほとんどすべてを組織化した約三、一〇〇名の組合員を擁し特別積立金五、一二九万余円を有していた(特別積立金が争議の際における組合員の生活費の補てんを目的とするものであることは当事者間に争いがない)。(三)原告組合は、同年四月一七日の総会で階層別一律賃上げと三か年計画の労働時間短縮とを労働協約改訂に生かそうとする昭和三九年度運動方針(案)を承認した。(四)そこで、同月二七日副組合長柳沢吉章を専門委員長とし執行委員四名、代議員四名その他の組合員五名を委員とする労働協約改訂専門委員会が原告組合の決議機関の一つである代議員会によつて設置され、九回の討議を重ねた結果同年六月一九日代議員会に対し討議の結果を中間報告し、(五)原告組合代議員会は前記中間報告について討議の上、一旦各代議員をして職場に持ち帰り職場の組合員の意見を聴かせ、その結果賃率以外の点につき若干の修正を加えた中間報告を再び専門委員会の討議にかけ、(六)専門委員会は四回の討議を経て同年七月一三日その結果を代議員会に報告し、(七)代議員会は代議員をして専門委員会の答申につき職場懇談会で組合員の賛否の意見を採らせた上で改訂案を決定し、(八)原告組合臨時総会は同月二二日(七)の代議員会によつて決定、提出された労働協約改訂要求案を提案どおり可決したが、その内容は、三、七七〇円一律賃上げを原則として成績査定を廃止すると同時に週休二日制時間短縮等を骨子とするものであつた。(九)しかし、同月二九日会社から原告組合に示された対案は労使双方とも協約の有効期間中協約の改廃を目的とする争議行為を行わない等の条項を新たに加えるものであり、同年八月五日会社から原告組合に示された回答は賃上げ、労働時間短縮を拒否し、職務賃金の導入を対案とするものであつた。(一〇)ここにおいて原告組合は、同月二五日労働協約改訂要求のためにする罷業権の行使を総会において可決し、同月二九日全員半日ストライキをはじめとして二回にわたる全員ストライキ、同年九月一〇日カメラ部門等一八四名によるストライキをはじめとして昭和四〇年二月六日までだけでも一四名ないし二三七名による一四回の重点部門(指名)ストライキを繰返しつつ会社と三十数回の団体交渉を重ね、この間会社からは職務賃金を導入した賃率の具体案、原告組合からはこれに対する修正案も提示されて賃率に関する主張はやや歩みよりをみせ、東京都地方労働委員会のあつせんもあり昭和三九年一二月二四日原告組合は会社との間に同年末までの労働協約の有効期限を昭和四〇年一月一〇日まで延長する約定を結び、新年も労使間には少数委員により団体交渉が続けられたが、改訂協約について交渉のまとまらないままで労働協約は遂に効力を失うに至つた。(一一)原告組合によつて繰返えされた重点部門(指名)ストライキは、たとえば、昭和三九年一〇月一二日午前〇時から同月一七日午後一二時までカメラ製造部検査課第一成検係を中心として指名された一四名の賃金相当額を失うのみで全組合員にストライキを指令された組合員の業務の代替業務を拒否させることにより会社のカメラ生産を阻害しようとした第七波ストライキのように、原告組合側の僅少な犠牲において会社に大きな損害を蒙らせるものであつたから、重点部門(指名)ストライキ反覆による原告組合側の費用が一か月五〇〇万ないし六〇〇万円と考えられたのに対し、ストライキ反覆により東京オリンピツクの商機を逸した会社の損害は大きく、昭和三九年九月の売上げは「会社側において同年八月末に予想されたよりも約二億三〇〇〇万円以上下廻つた」と同年一〇月五日会社深井常務取締役によつて会社内で放送された。(一二)かねて、原告組合の重点部門(指名)ストライキの長期化による労使の共倒れを憂えていた被告阿久津正雄ら係長級の組合員五、六〇名は、同日旧光友クラブに集合し協議の結果、翌六日「ストを直に解除し、正常業務に復帰の上団交を持て」という同日付決議文を原告組合組合長に交付し、他方会社社長にも善処を要望する決議文を交付し、同月七日には、職長級組合員も同趣旨の決議、要請を労使双方に対して行ない、また古参組合員によつて構成されている被告松本清士ら制裁機関査問委員会の査問委員らは原告組合組合長に対し「組合員がストライキの長期化に不安を感じているから昭和三九年一一月中旬頃までに収拾してほしい。」と要望し、同年一〇月八日にも被告小坂井哲治ら査問委員三名は、原告組合組合長に対しストを収拾して団体交渉一本で解決するよう勧告し、同年一一月中旬にも被告松本清士ら査問委員七、八名は、「組合員中にはストライキに反対して脱退の声もあり、長期ストによつて会社の営業不振を招けば給料にも影響するところから中年組合員は特に心配している。」と原告組合組合長に争議の早期解決を要望し、更に、被告松本清士ら査問委員七名は、同年一二月七日原告組合書記長に対し「同月中にストを解除して争議を収拾されたく、脱退者が多数出た場合には査問委員九名では処置に窮するから一同辞任する。」旨の文書を交付した。その間同年一〇月二四日には経理営業担当の一〇〇名を超える組合員からストを中止せよという決議文が提出され同年一二月一四日には被告宇都宮辰生ら係長級一二名外一三名名義の組合員による年内解決をみないときは組合を脱退せざるを得ない旨の声明書が会社カード場附近に掲示されるに至つた。そして昭和四〇年一月一三日原告組合に対する最初の脱退通告が数名によつて行われるに及んで同月一四日査問委員全員は、査問委員会の機関としての機能が不能に陥る現実となつたという理由で辞任し、会計監事らも一身上の都合という理由で辞任し、同月一六日代議員会によつて何れも辞任を承認され、他方、脱退者らは同月一四日頃原告組合員に対し自己及びその家族の生活の安定と向上とを図るために原告組合を脱退し新労働組合結成に出発したから参加を望む旨の声明書を発表した。(一三)原告組合の罷業権行使に対する批判票は従来約一〇パーセントであり、協約改訂要求のための罷業権行使については昭和三九年八月一〇日の代議員会においても賛成七二票反対五票、不明二票であつたが、第一回団体交渉における会社の前記回答後開催された総会では、賛成二、一八七票、反対二八五票と批判票が一三パーセントを越え、同年九月中旬以降代議員約一〇名が入れかわつた後開催された同年一〇月一三日及び同月二二日の代議員会ではスト重点部門該当職場の代議員等からスト中止の意見があらわれ、同月三〇日の代議員会ではストライキ中止の動議が一七票対六五票で否決されたが批判票の比率は二六パーセントに倍増し、年末一時金要求のための罷業権行使は、同年一二月一五日の代議員会で今後の闘争の進め方についての執行部提案とともに賛成五七票、反対一八票、不明一〇票で可決されたが、批判票は三一パーセントを突破するに至つた。その後同月一八日の総会で年末一時金要求のための罷業権行使が可決された。(一四)このような状況の下に原告組合に提出された組合員脱退届は、累計昭和四〇年一月二九日までに一、〇一三名分、同年二月五日までに一、二一四名分に達し脱退届提出者を控除した原告組合員数は同日九一六名、昭和四二年五月八日五二〇名と減少した。(一五)被告中川茂、阿久津正雄らは昭和四〇年一月二四日光友クラブにおいてニコン労働組合を結成し、規約を定め、役員を選任し、翌二五日会社食堂で結成報告大会を開催し、その組合員数は同年一月二九日には一、〇〇〇名を突破し、同年三月二二日には約一、七〇〇名に増加した。原告組合に脱退届を提出した被告らのうちには、ニコン労働組合の世話人としてその結成に参加したものや役員になつた者もあり、同組合を結成したりこれに加入したりするために脱退の意思を表示した者もあれば、むしろ、一方一律賃上げの要求に対する不満と他方東京オリンピツクがおわつて景気が後退し、測量機、写真機の売行きが少くなつて行く折柄、長期重点(指名)ストによる会社生産低下の慢性化に乗じて会社の市場占有率がキヤノン、ミノルタ、ライカ等の内外会社によつて侵蝕される危険に基く労働条件低下ないし解雇の不安とから協約失効を契機として脱退届提出を決意するに至つたと認めらるべき者もある。

以上の事実が認められる。前顕乙第一七号証のうち前記(二)の認定に反する部分は前顕甲第五号証の二、同第九号証の二と対照し、被告阿久津正雄の供述中前記(一)の認定に反する部分は前顕乙第一号証と対照し、原告代表者小野均本人の供述のうち前記(一一)、(一三)の各認定に反する部分は前顕甲第五号証の二、第八号証、第七号証の二二と対照して何れも採用し難く、他に前記認定を左右するだけの証拠はない。

以上、(一)ないし(一五)の事実を通観して検討するのに、原告組合の昭和三九年度運動方針及び労働協約改訂案は組合の決議に基き当時多数組合員の支持を得て決定せられたものであり、また、協約改訂要求及び年末一時金要求のための罷業権行使もそれぞれ多数組合員の支持を得て行われ、一部の被告らの参加したストライキ批判にもかかわらず、代議員会において昭和三九年一〇月三〇日にはストライキ中止の動議が否決され、同年一二月一五日には他の議案とともに今後の闘争の進め方についての執行部提案が可決されているのであるから、原告組合が被告らの批判に同調しなかつたことには理由があり、原告組合内の従来多数を占めていた組合員らにとつて、改訂案がまとまらない中に協約の失効した後こそかえつて争議中一段と強い団結の必要が切実に感ぜられることはみやすいところではあるが、さればといつて、この段階において組合員が脱退届を原告組合に提出したことを原告組合の闘争を敗北せしめる目的のみをもつて脱退したものであると即断することはできない。蓋し、乏しい特別積立金の準備の下に原告組合が繰返した長期重点部門(指名)ストライキにより会社の生産が低下して東京オリンピツクの商機に得べかりし巨額の利益を失つたばかりでなく、オリンピツク後の景気後退期に国内国外の競争会社に対する競争力の低下を招いたことはこれを窺うに困難ではなく、昭和三四年一〇月以来五年有余労使間の法としての効力を持続していた労働協約が具体的な賃率を含む網羅的なものであつただけに、その失効による失望と五カ月以上原告組合が参加した団体交渉が協約改訂に至らなかつたことが招いた組合不信との結果被告らの一部が景気後退期における会社競争力低下の危険に基く労働条件低下もしくは解雇の不安を免れるため脱退届を提出し、他の被告らが更にニコン労働組合を結成しまたはこれに加入するために脱退届を提出したことの窺われる以上、被告らは、原告組合を敗北させる目的のみをもつて脱退したと認めることはできず、かえつてあるいは自らの労働力を自由に処分するために原告組合から脱退し、あるいは進んで自らの経済的地位を維持改善すべく、新たな労働組合を結成しもしくは他の労働組合に加入するために原告組合から脱退したものというべきであつて脱退の権利を濫用したと認めることはできないからである。よつて、被告らが脱退の権利を濫用したという原告の前記主張を採用することはできない。

従つて、昭和四〇年一日二九日脱退届を原告に提出して脱退意思を表示した被告らは同月三〇日以降、その余の被告らは同月二〇日までに脱退の意思を表示しているからおそくとも同月二一日以降いずれも原告組合の組合員としての地位を失つたものといわなければならない。

三  原告は、「原告組合の組合費については前月二一日から当月二〇日までの間に組合員としての地位を失つても前月二一日に組合員であつた者については当月二五日の賃金支給日に一カ月分の組合費全額をチエツク・オフされるのが従来の慣行であつた」ことを前提として、「被告らのうち昭和四〇年一月二九日に脱退届を提出した者は昭和四〇年二月分の組合費全額を支払うべきである」と主張するが、原告の前提として主張する事実については証明がなく、かえつて証人高橋喜一、宇都宮欽哉、芝崎長三、山口尚の各証言によれば、前月二一日以降当月二〇日までの間に原告組合の組合員としての地位を失つた者の組合費と特別積立金の取扱いについては当月二五日の賃金支払日に賃金からチエツク・オフする際前月二一日から当月五日までの間組合員であつた者からのみ組合費並びに特別積立金を徴収し、それ以外の者からは徴収しなかつたことが昭和四〇年一、二月当時を含む従来の慣行であつたことが認められる。証人柳沢吉章の証言中右認定に反する部分は、前記各証拠と対照すれば採用することができず、他に右認定を左右するだけの証拠はない。してみれば、昭和四〇年一月三〇日以降原告組合員としての地位を失つた被告らも同年二月分の組合費、特別積立金の支払義務を負わないというべきである。

四  よつて、被告が昭和四〇年二月二五日当時原告組合の組合員としての地位を有していたことを前提とし、また、「原告組合の組合費については前月二一日から当月二〇日までの間に組合員としての地位を失つても前月二一日に組合員であつた者については当月二五日の賃金支払日に一カ月分の組合費全額をチエツク・オフされるのが従来の慣行であつた」ことを前提として昭和四〇年二月分の組合費全額を請求する原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく何れもその各前提において理由がなく、かえつて前月二一日以降当月五日までの間組合員であつた者からだけ当月分の組合費を徴収する慣行であつたことが認められる以上、昭和四〇年一月二一日以降組合員としての地位を失つた被告らに対するものはいうまでもなく、同月三〇日以降組合員としての地位を失つた被告に対するものもその余の点について判断するまでもなくすべての部分について理由がないから、すべてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀信)

(別紙省略)

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